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2002年1月20日
みんな元気? 私は元気です。
年末年始のまるで修行のような山行から,もう2週間が過ぎようとしてますが,このごろは過去の山行の写真整理ば
かりをして,全く山には行ってない私であります。
だけど昔の写真を見るのは,楽しいものですね。思い出にひたりながら,休日にどこにも出かけずに写真ばかり見て
いる私は,いよいよオッサンの仲間入りかと感じる今日このごろです。
そんな,なつかしの写真から,私にとって初めての山登りをご紹介したいと思います。
趣味で登山をやってる方に聞きます。最初に“山に登ろう!”というふうになった,きっかけは何ですか?
それは人それぞれだと思うんですが,ほとんどの人が,最初は,“友達に誘われて登ってみた。”ではないでしょう
か?私の場合も,やはり“友達に誘われたから”だったりします。 ![]()
その江川に,登山へ誘われたのは,私が大学生2年生だった1995年の11月初旬で,ちょうど学園祭で大学が休みな
のを利用して行きました。なぜそのとき,せっかくの休日をつぶしてまでして山に登ろうと思ったのかは,私を誘った江 川に聞いてみないとわからないのですが(というより,何でオレを誘ったんだ?),実際のところ私も山に登ってみたいと 思っていたのです。 ![]()
松本からは,よくこういった風景をみることができました。信州大学の学生なら,一度はあの山(北アルプス)に登って
みたいと思うのではないでしょうか?だから私は,江川の誘いに簡単にのってしまったのです。
ちなみに,このときの江川の登山歴は,富士山と御嶽山になら登ったことがある程度で,登山に関していえばまだ素
人でした。だけど九州の超ど級の田舎で育った私は,そのときは富士山と聞いただけで“すげぇ〜!ニッポンイチや んけぇ〜!!”と無条件降伏してしまうのでした。
そんなわけで,いよいよ念願の日本アルプスへ登るときがきたのです。
登った山は,北アルプス入門の山と呼ばれている燕岳でした。いちおう,江川も“これならいける!”という山を調べ
てはいたみたいです。
そのときのオレタチです。
私の服装は,上は普通の長袖シャツにウインドブレーカーで,下は作業ズボンという感じで,なんとなく登山に行くよう
な雰囲気をかもしだしていました。しかし江川に関しては,“いつもと同じじゃねーか!”と,今ならツッコミを入れるこ とができるいいかげんさである。シーパンはいてるし・・・ まぁ,オレも似たようなもんか。
そんな感じではありましたが、不安とかは全くなかったです。無知とは恐ろしいものよのう・・・
しかし,何たること!!登山道は,雪で真っ白ではありませんか!
ちなみに私たちは,二人とも普通のスニーカーを履いていて,登山靴は履いてませんでした。というより,その頃はそ
んなもの持っていなかったりします。がは!
雪の積もった登山道を行く
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撮影=塩月
途中ですれ違う登山者に“おまえたちはアイゼンを持っているのか?”と聞かれたが,そのとき私はアイゼンの意
味がわからず,江川に“アイゼンって何じゃ?”と聞くと,江川いわく“ちょっと登山やってると,お前らそれで大丈 夫なのかって言いたくなるもんなんだよ。”とのこと。
そ,それは違うんじゃないか・・・ どう見ても大丈夫なわけがない!
なにはともあれ私たちは,ズルズル滑りながらも,異常なほどのハイテンションで突き進んでいったのでした。
超ノリノリ(死語)のワシ 脇の下には槍の穂先が見える
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撮影=江川 撮影=塩月
そして,燕山壮に到着。
雪化粧された山々をバックに 槍ヶ岳・穂高連峰をバックに
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撮影=江川 何のポーズなんだ!? 撮影=塩月
富士山,八ヶ岳までも見渡せる
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撮影=江川
燕山壮は,冬期閉鎖中でした。周りには誰もいないので,はしゃぎまくってました。いやぁ〜,本当にあの時は楽しか
った。でも,天気が良くて,本当によかったなぁ〜。もし,天気が急変して吹雪きでもしたら,私たちだけでは,どうにもな らなっかたと思います。
そして,いよいよ燕岳の頂きへと向います。
頂上に到着。
とりあえず証拠写真 わ,若かったなぁ〜 オレ・・・
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燕岳頂上にて 撮影=塩月 燕岳頂上にて 撮影=塩月
そして頂上付近で,遅めの昼食をとることに。
とまあ,その後,無事に下山して,温泉に入って帰ったわけですが,私は,このときの興奮が忘れられなくて,今でも
山に登っている気がします。 雪化粧された山々や天を衝く槍の穂先,そして,いつも松本から見えていた山の向こう 側の景色など,初めて目にするいろんなものが,ゴッチャになって一度に私の中に飛び込んできました。その後の登山 で,これほどのトキメキを感じることはないですね。
でも,“初めての山登り”にしては,無謀だったかな?
そんなもんで。
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